グレアム・ベルのまじめな話。
本当にすばらしい人物でした実は知らないことばっかりでした。
スコットランドのエディンバラ生まれ。視話法の研究者メルヴィル (Alexander Melville Bell) を父に持つ。母が難聴であった事から、聾唖者に話し方を教える事に興味を持ったと言われている。エディンバラ大学及びロンドン大学で学び、24歳の時(1870年)に、病で余命6ヶ月と宣告された事を切っ掛けに、父と共にカナダに移住した。その後、アメリカへ移り、ボストン大学で音声学を教える傍ら、電磁石を使った音声の多重伝送を研究したがそれは聾唖者に対してどのような補助ができるかがテーマであった。
この時代、1831年にファラデーが電磁誘導を発見しており電磁石に興味を持っていたベルは音声により電磁石の磁力を変化させ導体に電流を流させることで遠隔地に音声を伝える電話機の発明を志した。彼以外にも電話の発明を1875年頃よりトーマス・エジソンも始めていたが音声の変化(音圧)を電気抵抗へどのように伝えるかが問題であった。著名な音声学者ではあるがあくまで電気の基礎的な素養しかなかった彼は途上で行き詰まり、大科学者のジョセフ・ヘンリーに手紙を書いている。ヘンリーはファラデーより以前に電磁誘導を発見した人物である。ベルと面会したヘンリーはベルの志を高く評価したが「電気の知識がない私には非常に難しい」とするベルにこの老齢の学者が言ったのは一言「Get it !」(目標をやり通せ)である。
その後、ついにベルは代理人のハバートを通して1876年2月14日に「電信機の改良」の特許をワシントン特許局に出願、3月3日に認可され3月7日に公告された。ベルが出願した2時間後ないし3時間後に同じワシントン特許局へ「液体抵抗式の送話器で言葉を伝えられる電話機の特許予告記載」をシカゴのイライシャ・グレイ(Elisha Gray)が提出した。アメリカの特許制度は出願順ではなく先発明主義だったがベルはイギリス国籍でありこれを利用できなかった。このためベルの出願内容は詳細に報告しなければならなかったが結局はこれが勝負を分けた。グレイの提出した特許予告記載はあくまで予告であり、この後にでもベルより先に発明した事を証明出来れば特許はグレイのものとなる。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)
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